紀行なのか。はたまた奇行か。当時としては、なぜ関東から九州まで遠路はるばる足を運んでいるのか、我ながら不明だった。ただお話を伺うだけなのに。令和ならZOOMなどの遠隔会議ツールで話せばよいのに。というかLINEでいい。それなのに、40時間以上も移動に費やして私はとある港町へやってきた。
2025年3月。栃木では積雪により車が出せない程の大雪が観測された、ある日。私は一人トランク一つだけで、とはいかなかった。卓袱台ほどの大きさのスーツケースに背広や着替え、タオル、充電器、ハンガーなどの荷物を詰め込んで出発した。
向かうは西。まず私は京浜東北・根岸線に揺られて横浜方面へと向かった。横浜は本当に素晴らしい街である。異論は認めない。なぜなら、楽しい思い出しか記憶にないからだ。
大学1年生の頃にワカさん、スチールウール、私の3人で中華街巡りをした思い出がある。一番一緒にバンドを組んでいる相棒のヤっさんと、反町 MEN YARD FIGHTからの横浜 吉村家という”ラーメン連食タフガイコース”を堪能したり。(彼は吉村家の記憶が無いようで。確かに二郎系からの家系ランチは酷く苦しそうだった)
特筆すべきは、生きる力と書いてSTOMPIN’ BIRDが頻繁にライブしている場所だ。あとはカップヌードルミュージアムとかもある。とにかく素敵な街だ。
何より彼らの本拠地でもある。BBストリートのヌシである横浜・IKKI NOT DEAD所属のJasonAndrew(ジェイソンアンドリュー)。彼らとの出会いが、今回の旅路の一歩目といっても過言ではなかった。(東京都・シキ・麺ヘラ音楽ライター)
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